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(出典: overdosage)

Catch22 DCPRG (by ango0921)

(出典: CONVICTUS)

(出典: funeral-wreaths)

(出典: p-sicose)

(出典: sandinlungs)

今でも美術作品やその関連たるものになんら興味もないし、面白いと思うものもない。
でもそれは、私にとって音楽と一緒。もともと音楽に対しても、さして興味もないし、面白いと思う音もあまりない。いや、そう思うからこその私の音楽であったし、音、であったとも言える。だから、そこは別に大きな問題じゃ、ない。
アートが何なのか、音楽が何なのかも含めて。

何せ、本作に詰め込まれた音は「結成当初の目標は最も速く、うるさく、酷いバンドになることで、音楽性のない、歌詞のない、タイトルのない、楽譜もない音楽を作りたかった。どの楽曲も1/2秒から5秒の長さしかなかった」とライナーにもあるように、♪ワー、ダダダ。ギャー、ダダダ。以下、終わりの時が来るまでそれが続くだけ。
そう書くと、同時代的に似た構造の音を出していたナパーム・デスやS.O.B、もしくはゲロゲリゲゲゲの『パンクの鬼』とリンクさせたくなるのだが、ただ、これらのバンドの音には「パンク・ロック~ハードコア」という型がちゃんとある。しかしAxCxの場合はその文脈にいながらも、追求するべき型を意識的に向こうにうっちゃってる気がするのだ。

型がありそうで型がない。そういう意味ではパンクというよりロックンロールと形容した方が当てはまる気がする。しかも、最初の2本のデモは母親の部屋の屋根裏と居間のステレオで録られたものらしいので、こじつけるなら、まさしくガレージに近い。例えばギターにファズなどのエフェクターをかませて激しく弾くことで、生まれてしまうグガッとかギゲとかいうエラー音。それを拡張するとノイズ・ミュージックになるのだろうが、初期のAxCxはとにかく速く演奏することによって、音階が予期せず外れていく瞬間の快楽そのものを生み出そうとするのである。

特筆したいのが、ディスク1の8~9曲目に収録されている名作「5634 Songs EP」だ。もちろん、5634曲をそのまんま演奏したわけではない。ライナーによれば、20時間かけて16トラックのミキサーの各トラックに16曲分の演奏をいちいち録音し、3時間のマテリアルを作成。ミックスダウンして7インチEPにおさまるテイクを作り出したのだという。
演奏そのものではなく、あくまで素材とし、ミキシング・ワークによって音楽を作り上げていく──それはキング・タビーのダブ・ミックスのようでもあるし、マイルス・デイヴィスにおけるテオ・マセロのエディット、パブリック・エネミーにおけるボム・スクワッドのトラックメイクにも通ずるものがあるが、AxCxの場合は少し違う。いや、むしろ逆なのかもしれない。断片から生み出すのではなく、断片を割り出していくことなのである。それは「最も速く、うるさく、酷い」音を抽出することであり、自分たちの演奏の中から「音楽から外れていく瞬間」を際立たせていく作業なのだ。

leadingtone:

Page 183 from Cornelius Cardew’s Treatise. 
More on this composition here. 

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Page 183 from Cornelius Cardew’s Treatise. 

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